「焙煎職人への道(コーヒーギャラリーNob・誕生秘話)」
出会い・04年春
なにを言ってるのか、分からない奴だなぁ・・・。
初めて彼に会ったときは、そんな印象でした。
大きなリュックを背負った、若者でもなければ、おじさんでもない、今で言えば“秋葉系?”とでも言うのだろうか・・・
とにかく早口で、自分は遠くからやってきて、ここは良い店であると言っていたようだが、正直良く聞き取れなくって、只、私の店には、割合そんな人が訪ねて来る事もあるので、その時にはさして気にもとめませんでしたが、しばらくして、“その男”はまた、大きなリュックと共にやってきました。
「遠くからじゃなかったんですか?」私が聞くと
「実は、奈良県から来たんですが、是非この店で修行をさせて頂けませんか?」と言うこと。
私の店は、こんなに小さな、ボロボロの店でありながら、熱狂的なファンに支えられている実は、「日本一の個人コーヒー豆店」と言っていただく事もある店なので、割合、弟子入りを志願する者も多く訪れる。只、実際、今まで弟子入りを許可した者は一人もいないのです。
なぜなら、私はもの凄く不器用で、一つのことに集中するタイプなので、もしも弟子がいればその弟子の将来ばかり気になってしまい、自分の仕事に集中できなくなってしまうからです。自分自身でも、独学で苦労しましたので、将来的には教える仕事もしなくては・・・と思ってはおりましたが、今現在、私はあまりにも忙しすぎて、実際その余裕が無いのも事実です。
現在、既に店を開かれている、いわゆるプロの方達のご相談には、何でも進んでアドバイスしてきましたが、それぐらいが限度・・・と思っておりましたので、今回も、遠くから来たのに申し訳ないけれど、お断りすることにしました。
「うちは弟子はとってないんだ。ゴメンね」
そう言うと、普通はそれであきらめるのですが、その後、彼からまた連絡がありました。「なんとか、そちらで勉強させて下さい!どうしても、僕はコーヒー豆屋になりたいんです」そのとき、彼の並々ならぬ“必死さ”を感じたので、「これは何か有るな・・・」そう思った私は「じゃあ、話だけは聞いて上げるから、良かったらもう一回来てみるかい?」言ったすぐ後に彼は、また奈良県から飛んできました。「君は早口で、何を言っているか良く分からないからゆっくりと喋ってごらんよ」私にうながされて、彼が喋り始めました・・・。
自分は、前は、大手ゼネコンでトンネルや道路を造る際の現場監督をしていて、年はもうすぐ40歳になるが、いまだに独り身で、そして、会社が潰れ、現在は“無職”と言うこと。なんで、焙煎の仕事をしようと思ったのか?と聞くと、例えば、トンネル造りの際の現場等で自分は、大学出の監督という立場だが、現場で指揮するたとえ若くても職人さん達は、己の腕に自信も誇りも持っている者が多いと言う事。何ヶ月も現場で寝食を共にしていて、自分には、その自信や誇りが無い事に気が付いた。そして、突きつけられた厳しい現実・・・。ここで普通に再就職しても、又、自信のない人生が続くのなら、思い切って、手に職を付け自分に自信を持てる人生を送りたい・・・と思ったと言うこと。更に、何も分からないのだが全国のコーヒー屋さんを調べ、そして、回れるだけ回った結果、私のような「焙煎職人」になりたいと思ったと言うこと。
一生懸命話す彼ですが、私はその時“あること”を感じました。
「こいつ、無意識のうちに“死に場所”を探しに来た“落ち武者”だな・・・」
直感でした。新しいことを必死で・・・と言う面も勿論あるのですが、それ以上に、もう自分を諦めている。彼は、「関西にはこういう店が無くて・・・」と言うが、実は、地元にいるのが辛いだけだ。これは、どこかで勉強して豆屋になったとしても、途中で諦めてしまうのではないだろうか?そう強く感じた僕は、今回特別に、彼を引き受けることにした。
10年前には豆が売れずに死に場所を探していた、そんな経験を持つ僕だからこそ、彼の力になれるのではないか?そう思ったからだ。彼には内緒にしていたが、只、普通に焙煎を勉強して、それで上手く行きそうな人なら、きっと引き受けなかっただろう。「じゃあ、頑張ってみるかい・・・」その言葉に大きくうなずいた彼は、夏には初めての僕の弟子となった。
修行・04年夏
「一番上までボタンをしているんじゃないよ!」
僕の罵声が飛ぶ・・・。シャツのボタンを、きっちり上までしている彼は、几帳面を絵に描いたようだ。1が終わってからじゃないと2に進めない、典型的なタイプである。勿論、几帳面が悪いわけではないが、エンターテイメント性が要求される、この焙煎という世界では、きっちりしているだけでは、残念ながら、生き抜いては行けないのだ。
「もっとゆっくり喋れ!」、
「もっと気を利かせろ!」、
「それじゃあ、女の人が怖がるぞ!」
延々とまるでコーヒーとは関係のないようなことを言われ続ける毎日が続いた。
もちろん、焙煎の技術を身につけるために、僕の全てを伝える作業も朝から晩までだ。2ヶ月ぐらい過ぎた頃に僕は言った。「後一ヶ月しか教えないよ。その間でダメなら終わり」最低でも、一年から二年ぐらいは掛けて・・・と思っていたらしい彼は焦ったようだ。「そ、そんな、無理です・・・」半泣き状態だが、僕はあえて突き放した。期限を区切って、無理を乗り越える。そうする事によって、無意識のうちに、後ろの橋を断ち今一度、立ち向かう勇気が生まれるのではないか・・・、そう考えたからだ。
案の定、彼は無我夢中で頑張った。
早口で何を言っているか分からなかったのが、ゆっくり思っていることを伝えられるようになってきたし、焙煎も、物凄い勢いで上手くなって行った。
「今週末に最終試験だよ。これでダメなら、もう何も教えないから、諦めて奈良に帰りな!」「はい、わかりました。頑張ります!」実は、OKは出していなかったが、既に、その時点で彼の創るコーヒーは、もうプロのレベルに限りなく近づいていたのだ。彼には素質があった。
合格そして約束・04年冬
「よろしくお願いします!」最終試験の朝が来た。
指定されたコーヒーを焙煎する。緊張の時間が静かに流れた。焙煎が終わり、コーヒーを抽出して、カップに注ぎ彼が持ってきた。
「お味見お願いします」
琥珀色に輝くその澄んだコーヒーを見たとき僕は、その中に彼の“輝く未来”を見たように感じた。「これで、また戦える」そう思った。もう落ち武者では無い、武士だ。「おめでとう!合格だよ」決まっていた答えを告げた後、これも決めていた事を彼に伝えた。
「約束しよう。これから店を開店して3年間は修行のようなもの。大変だろうが、何とか3年頑張って店を続けて、3年後に僕の事を招待してくれるかい?その間、どんなアドバイスもするけれども、それまでは直接店には行かないよ。良いかい。自分一人で頑張るんだよ」彼は、真摯な男の顔で言った。「わかりました。何としても頑張って店を繁盛させて、3年後マスターの事を、奈良にご招待します。本当に、今までありがとうございました・・・」
とある冬の日、ここに腕のある“焙煎職人”が、もう一人誕生した瞬間である。
(Nob誕生秘話は、これでおわりです。御拝読いただきましてありがとうございました!)
※彼のホームページも、こちらから→http://www.nob-coffee.com/ 御覧下さいませ。