業界で話題の雑誌・ストアージャーナルに手記掲載!

【From Reader】Store Journal/2007年1月号

小売業界にて話題の雑誌「ストアージャーナル」より依頼があり3ページの手記を掲載させていただきました。年末に発売される翌年1月号と言うことでしたので、死を考えるほど苦しかった時代のことを、あえて書かせて頂くことにしました。反響も多く頂き、ありがたかったです。よろしかったらご覧下さい。

“「もうダメだ。死のう」と思ったあの日”

現在私は、自家焙煎の珈琲豆を販売する「個人店」を営んでおります。小さな店ですし、大きな人が体当たりしたら壊れてしまいそうなボロボロの店です。カフェの部分はありませんので、純粋に珈琲豆だけを対面販売している店です。前は、もっと大きな、出来れば「法人組織」の方が良いと思っていましたし、「個人店」で有ることに引け目さえ感じていました。
でも、最近は、そんな店にも誇りを持っています。今回、私のように小さな店を経営されている皆さんにエールを送りたいと思い、お話しさせていただきます。
元々は、街角で小さな喫茶店を営んでおりましたが、自分で胃を悪くしたのをきっかけに、自家焙煎の珈琲に興味を持ち、自然と珈琲豆の焙煎店へと切り替わって行きました。只、思うように珈琲豆は売れず、借金は増えるばかり、10年ほど前には、にっちもさっちも行かなくなり、もうどこでも借金も出来ず、払いはたくさん抱えているのに、全財産を合わせて2千円と小銭が少々・・・、「釣り銭にもならないじゃないか」そうつぶやくと、あまりにも情けなくなってきて「もうダメだ。死のう」と思い、とっさにその2千円を握りしめ、首を吊るための縄を買いに1キロ程離れたホームセンターへと向かいました。

“個人店として生きる”

1キロの道のりを歩く間、色々なことが思い浮かびました。最初は愚痴ばかりです。「もっと大きな店にしたかった。そして、会社にしたかったのに・・・」そうです。私の頭の中では、「個人店」は会社より劣る物として考えていたのです。

ところが、歩くうちに愚痴から反省に変わって行きました。もっとやれた事はなかっただろうか?僕は力を出し切れていなかったのではないだろうか。いつも個人店をバカにしてきたけれども、本当にそうだろうか?個人店には個人店なりの良さが有るのではないだろうか?

そして、もうすぐ目的地に着く寸前に、ふっと思い浮かびました。「個人店として生きる」そう感じた瞬間、不思議と死ぬことを思いとどまったのでした。

それからは、もう無我夢中でした。小さな店が恥ずかしいなんて、決して言いません。物創りをするときの意識も変わりました。今までは大量生産できないから、仕方なく自分でやると思っていたのが、逆に自分自身で創った物を、直接お客様に渡せるのは、有る意味、とても贅沢なことだと思って、誇りも持てるようになりました。

すると不思議なことに、お客様の見る目も変わってきたのです。本当にこだわった、良い物を渡してくれる個人店として、一般のお客様のみならず、各界の著名人からも、ご注文いただける繁盛店へと変わって行きました。

“小さな店を愛することから始めてみよう”

あれから10年、それまでの間に数回、法人組織へ切り替えるお話も頂きました。そのたびに、「個人店として頑張りたい」そう言い続けてきました。中には、日本有数の航空会社の方から、鈴木さんと継続してお付き合いしたいのだけれど、社内規定で法人としか契約できないから、何とか法人化してもらえないだろうか?などという、嬉しいお誘いもありました。とてもありがたい事です。

もちろん、チェーン店、フランチャイズ、法人組織による大きなお店、どれもこれも素晴らしいと思います。ただ、少し前に、大きな企業の社長さんが、会社は株主のために有る云々・・・と言う話を聞いて愕然としました。会社は、その会社が作る商品を買って下さるお客様のためにあるのが当たり前じゃないか?そう思っていた私としては、信じられない言葉でした。

「個人店としてお客様のために生きる」そう想いを強めた瞬間でも有りました。それと、繁盛個人店として認めていただいてからは、私のところに「話を聞かせて下さい」という同業の方も増えてきました。ときには、頼まれて勉強会の講師さえ務めさせて頂いたりもしました。そのたびに、少し前まではどん底で、死ぬ一歩前まで言ったけれども、自分の小さな店を愛することから始めてみようと思ってからは、全てが好転してきたのですよ。と話をさせていただいています。

さらには、弟子入り志願者も出てきて、数人が頑張って独立しています。このような事は、只大きな組織になりたいと考えていた頃には、きっとあり得ないことだったでしょう。

“人様が喜べば自分も嬉しくなる”

ところで最近、景気が良くなってきたと言われますが、個人店の皆さんはどのようにお感じでしょうか?「あまり実感が無いなあ」という方が多いのではないでしょうか。

私は、焼きたてのパンを買うのが好きなのですが、パン屋さんも大小さまざまのお店がありますよね。その中の一軒に、とても美味しいパンを販売しているにも関わらず、いつもレジに立っている年輩の奥さんが下を向いて、つらそうな顔をしているお店がありました。

人づてに聞いたところ、立地の良い場所にあるフランチャイズのお店は、毎朝冷凍の生地が運ばれてきて、それを店で焼いて出しているだけなのに、あんなに売れている。それにひきかえ、少し裏道にあるが故に、昔から一生懸命に手作りして頑張っているのに、うちはなかなか儲からない。と悩んでいるようです。

「もったいないな」そう感じていたのですが、見ず知らずの私が何もいえませんので、只いつも通りパンを買っていたときのこと、その奥さんが私のお釣り銭を間違えたようで、その間違え方があまりに大きくて面白かったので、私だけでなく、思わず奥さんも笑い出してしまいました。

「あら、御免なさい」そう言った奥さんでしたが、その時の笑顔のなんとも素敵なこと。おもわず「いえ、良いですよ。ここは本当に美味しいお店ですね。頑張って下さい」そう私が言ったとき、とても意外だったようで、凄く喜んだ顔で、深々と頭を下げて「ありがとうございます」と言ってくれました。

「人様に喜んでいただけると自分も嬉しくなる」当たり前のことですけれど、それをダイレクトに感じられるところが、「個人店」の良さの一つなのかな・・・と、考えさせられる出来事でした。もともと美味しいパンでしたけれど、その日はさらに美味しく感じられたのは言うまでもありません。

“大きいも良いが、小さいも良い”

私は個人店が好きです。それは、自分の店だけでなく、全国にあるどんな業種のお店でもです。そして、美味しいお店、気が利くお店、頑張っているお店を見つけるたびに、意識して「誉め言葉」を言うようにしています。

だって、自分自身もお客様に「美味しかったわ」とか、「やっぱりここのじゃないとダメなのよ」等と言っていただくと、それだけで「生きる希望」がわいてきますから。

個人店を利用する機会が多い皆さん、是非、意識してそのお店を誉めて上げて下さい。そして、個人店を営む皆さんも、自分の仕事、店にもっと誇りを持ちましょう。精一杯の笑顔、出来る限りのおもてなしをしたなら、必ず認めていただけるはずです。

つい先日も嬉しいことがありました。皇室関係の方からお礼状が届いたのです。私の珈琲がそのようなところでも飲まれて、そして喜んで頂いているかと思うと、10年前のことが嘘のように感じてしまいます。大きいも良いが、小さいも良い。今後も胸を張って小さな店で頑張り続けたいと思います。皆さん頑張りましょう!

(焙煎職人:鈴木正美)